色情狂編 No.1の画像・動画

色情狂編 No.1の画像
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ケンシロウ 2022/08/12(金) 08:46:57

お盆を故郷で迎える人もたくさんいるでしょう。我が家は今回も見送りました。3年連続ですから今年も寂しいお盆になります。3年も逢わないと孫達も大きくなり先日送って来たラインでの写真を見ればすっかり大人の女性に成り余りにも綺麗になってびっくりしました。

「色情狂編」
ある程度大人になれば誰でも知ってるSMという言葉ですが、SMの起源的なことは案外知らない人が多いです。
ひと昔に比べれば違和感なく日常でも使われるようになった「SM」という言葉。「SM」が日本独特の表現であることは案外知られていません。
英語圏では一般的に「BDSM」が使われます。
それ以上に知られていないのが、「SM」という言葉の誕生に誰でもが知ってる歴史上出来事が深く関わっていたという事実ではないでしょうか?
全ては2人の変態貴族から始まった。
ご存じのように{SM}という言葉は精神医学用語である「サディズム」「マゾヒズム」に由来します。マルキ、ド、サド(フランスの貴族、小説家)とザッハー二マゾッホ(オーストリア)の貴族、小説家の名に基づいてこれらを草案したのがドイツの精神科医クラフト二エビング、1886年(明治12年)頃のことだと言われています。
エビングがサディズム、マゾヒズムなど、様々な異常性愛について紹介した医学書は日本でも1894年(明治27年)に翻訳書が出版されました。しかし、この翻訳書は出版後すぐに明治政府の手によって廃棄処分されてしまうのです。この翻訳書の題名が、【色情狂編】です。

当時我が国では、大正デモクラシーがもたらした自由主義的な風潮の中で、多くの作家や学者が一風変わった性のあり方について論じる、「変態性欲ブーム」が起きていました。

政治、文化、社会のみならず、性愛についても自由に語ることが許された大正の世。大正デモクラシーという自由な風に吹かれながら、『変態性欲心理』は変態性欲ブームの火付け役となり、「サディズム」「マゾヒズム」という言葉は文化人たちのあいだに急速に普及してゆくのでした。

■「サドマゾ」からなぜか「MS」を経て「SM」へ

「サディズム」と「マゾヒズム」が合わさって「サドマゾ」が生まれ、さらに省略されて「SM」へと進化するには、大正デモクラシーからさらに数十年の月日を要しています。驚くべきことに、「サドマゾ」が「SM」に変化する過程では、SとMが逆転した「MS」が頻繁に使われていた時期もあったのだそうです。

実は「SM」は日本発祥の言葉だった?その誕生に深く関わった歴史上の出来事とは…?
1968年(昭和43年)にはSM雑誌の先駆けとなる「サスペンス&ミステリーマガジン」が誕生し、翌年すぐに「SMマガジン」へと改題。これに続けとばかり「SMセレクト」「SMプレイ」「パンチSM」といったSM雑誌が次々に刊行され、ここに日本発祥の変態用語「SM」が確立されるのです。

一度は発禁となった『Psychopathia Sexualis』が再び翻訳されることがなかったら。そして、2度目の翻訳出版が大正デモクラシーの真っ最中でなかったら。「SM」という言葉も、そして「ドS」「ドM」と言う属性も生まれていなかったかもしれません。