縁って不思議 No.1の画像・動画

縁って不思議 No.1の画像
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ケンシロウ 2022/11/23(水) 08:32:37

今日は勤労感謝の日で祝日ですね。1年を通して今日が祝日は最後です。
年間何回の祝日があると思いますか?  年間に16回祝日があるのです。子供の頃は夏休みとか祝日は大好きでしたが年を取って現役引退の年になると毎日が休みのようなもので(苦笑)
昨日は朝ごはんも済みTVを見ながら暖かい炬燵でウトウトしてたら、ピンポンとチャイムが鳴りました。何だろうと玄関のドア―を開けたら宅配の人が居て荷物を手渡されました。心当たりが無いので、送り先を見たら電力会社の名前があり納得しました。数か月前にダメもとで応募した商品が当たったのです。黒華牛のサーロインステーキです。

自分は良く色んなイベントに応募はしますが、殆ど当たった記憶はありません。(苦笑)宝くじを買っても外れくじばかり、買っても当たらず、買わないと当たるわけないし、(笑)そろそろ運が回って来たなぁ~と思い始めました。(笑)

「円って不思議ですね」

「縁」(えん)という言葉が、もともと仏教の教えだということは、意外に知られていないです。
物事にはすべて「因」(いん、はじまりのこと)があり、そこに「縁」が働き、何かの結果が生じる。これが「因縁」(いんねん)で、縁が起きることを「縁起」(えんぎ)といいます。
二度とないかもしれない、不思議でありがたい力。だから丁寧に、感謝の気持ちをこめて「ご縁」と昔の人は呼んだのです。

縁といえば特に、人と人との出会いや、つながりを指すことが多い。たとえば、こういうことです。
一人の男性と一人の女性が、たまたま出会ったことが「因」(はじまり)としても、そこに「縁」の力が働かなければ、ふたりが一緒に生きていく「結婚」や「新しい家族の誕生」という未来にはつながらないでしょう。
このように「縁」を「結ぶ」ことから結果が生じ、それがまた新たなはじまりにつながっていくのです。

では、「結ぶ」とはどういうことだろうか。それは、もとは別々だったものが結びつくことです。
ちなみに、「結」という日本語の語源はムス=「生す」だといわれています。「結び」が行われたところには、新しい力が生まれてくる。日本では古くからそう考えられてきました。今でも神社・神道では、この「結び」という言葉がとても大切にされているのです。

男女の仲に限らない。人と人、人とモノの間も同じこと。出会った大切な「縁」に気付いたなら、それをしっかりと深め育てていくことで、相手との間に目には見えない強い「結び」が生まれてくる。これを「縁結び」という。
ことわざから考える、「縁」のいろいろ
■ 縁は異なもの 味なもの
→意味:「夫婦の縁って不思議、だからオモシロイ」

男女の結びつきは「異なもの」=不思議な巡り合わせに左右されるもので、その縁は「味なもの」=おもしろ味がある、という意味。
恋人や夫婦などの縁で結ばれた者同士は、その近しい関係から、楽しいことばかりではなく、ややこしいことや困難にぶつかる場合だってある。
ときにはケンカしたりしながらも二人で乗り越え、二人の「縁」を育むことで、その関係は実に味のある、趣深いものになっていくのです。

■ 袖すり合うも多生の縁
→意味:「人・場所・もの、すべての縁はつながっている」

耳なじみのあることわざのはずですが、「多少」じゃないの?と思っていた人もいるかもしれない。正しくは、「多生」となるのです。
「多生の縁」は、前世から因縁があるという意味で、「袖すり合う」とは些細なことの例え。だから、「たまたまそこに居合わせたというだけの出会いにも、じつは前世からの因縁がある」という意味のことわざなのです。
たとえ現世では偶然のように思えたとしても、その縁の発端は、実は自分の記憶にはない前世からつながっている。そんな風に、昔の人は考えたみたいです。

■ 縁なき衆生は度し難し
→意味:「良い縁に気づけないとは、なんて残念!」

「縁なき衆生(しゅうじょう)」とは、縁があったとしてもそれに気づかない人のこと。「度し難し」は、救いようがないという意味です。
仏教に基づくことわざで、「仏様にどれだけ慈悲の心があっても、仏様の教えに接するつもりのない人は救う方法がない」との意味が込められている。
現代風に意訳するとしたら、「誰かが大切な助言をしてくれても、それを聞き入れないなら意味がない」というところだろうか。

縁は、人やモノに限らない。誰かが言った言葉、本で見かけた情報、目に入る風景や情景の中にもある。何かを気づかせてくれるもは、すべてが「縁」だと考えられないでしょうか。?
親と家族、友達、学びや仕事で出会う人。いま電車の隣で座っているおじさんや、店のレジでお釣りを渡してくれたおねえさんだって、もしかしたら、前世からの縁でつながっているのかもしれない。

自分を取り巻くさまざまな「因」(はじまり)と、それに出会えた「縁」。偶然の積み重ねもあるが、自分から引き寄せる「縁」だってあるはず。そんな風に考えてみると、自分を取り巻く世界がちょっと楽しく、いつもと違う景色にも見えてきそうですね。

仏教とともに古来伝わってきた「縁」という概念を、日本人の感性が育てた「縁結び」。それは、私たちの生活や価値観のなかに今もどこかで息づいているのです。